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高松高等裁判所 昭和44年(う)168号 判決 1970年1月13日

主文

原判決中、被告人に関する有罪部分を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

原審における未決勾留日数中六〇日を右本刑に算入する。

理由

<前略>

一法令の適用の誤りの主張について。

所論は要するに、原判示第三の事実における被告人の判示所為は、野口喜三郎の業務上横領罪の幇助犯を構成するものではないというのであり、その理由として、先ず第三の一の事実については、農協の出納事務担当者たる被告人としては、正当な預金権利者から形式的要件を具備した払戻請求があつた場合には、その払戻の意図や払戻金の使途まで立入つて調査すべき義務も権限もないのであるから、これを拒否できないものであり、従つて、原判決のいうように正犯の横領意図を知りながら預金の払戻に応じたというだけでは幇助犯が成立する余地はなく、また横領の幇助犯が成立するためには正犯の不正領得行為自体に加担することが必要であるから、原判示第三の一の被告人の所為は業務上横領罪の幇助犯に該当しないものであり、次に原判示第三の二の事実については、原判決の認定事実によれば農業共済組合所有の定期貯金による野口の個人債務の決済は法的に無効と解されるから、同組合の権利には何ら消長がなく、従つて野口の同組合預金の横領ということもあり得ず、ひいては被告人の幇助犯も成立しないというのである。

そこで原判示第三の事実につき、原判決認定の被告人の所為が業務上横領罪の幇助犯に当るか否かについて判断する。

先ず第三の一について、原判決の認定事実によれば、被告人は農業協同組合の預金払戻等の業務に従事していた者であるところ、同農協の預金者たる農業共済組合の組合長野口喜三郎が、業務上管理している共済組合の預金を擅に農協から払戻を受けて横領しようとしていることを知りながら、野口からの払戻請求に応じてこれを払戻したというのである。一般に、預金の払戻業務に従事する者は、預金払戻手続上の形式的要件を完備した者から払戻請求があつた場合には、その払戻の意図や払戻金の使途まで立入つて調査すべき業務も権限もないことは、所論指摘のとおりである。しかしながら、預金の払戻業務に従事する者として、たとえその払戻請求が手続上の形式要件を完備しているとしても、その払戻目的が刑事上不法なものであることを知つた以上、これに応ずべきでないことは条理上当然である。そして、右の拒絶義務は単に道義上の義務に止まらず法律上の義務というべきであるから、右の義務に違背して払戻請求に応じ、払戻請求者の犯罪行為を容易ならしめた場合には、その犯罪行為の幇助犯が成立するものといわねばならない。そうすると、野口の横領目的を認識しながら払戻請求に応じた被告人の判示行為は、野口の業務上横領罪の幇助犯に当ることが明らかである。また、横領罪の幇助犯が成立するためには、必ずしも正犯の不正領得行為自体に加担することを要するものではなく、その犯罪の準備に加担して犯行を容易ならしめることによつても成立するものであるから、この点の所論は採用することができない。

次に第三の二について、原判決の認定事実によれば、被告人は野口の横領目的を知りながら、農業共済組合長たる同人の依頼により、共済組合が農協に預入れている定期預金を払戻し、その払戻金を以て野口が農協から借入れている個人債務の弁済に充当する手続をなしたというのである。そして右認定事実によれば、野口は共済組合の組合長として共済組合の農協に対する預金を管理していた者であるから、同人によつてなされた払戻請求に基づく共済組合の定期預金の払戻は、たとえその使途につき不法な目的があつたとしても、民事上の法律効果の発生を妨げるものではない。そうすると、野口の払戻請求に基づき被告人が払戻手続をとつた以上、共済組合の農協に対する預金債権は民事上有効に消滅したものというべきである。してみると、共済組合の預金債権が消滅しない旨の見解を前提とする所論は採用することができない。

要するに、原判決には法令の適用の誤りは認められないので、所論はいずれも理由がない。

二量刑不当の主張について。

所論は要するに、原判決の刑の量定は重きにすぎるというのである。

そこで記録を調査し、当審での事実取調の結果を参酌して検討すると、被告人は農業協同組合の預金の受入、払戻、貸付等の業務に従事していたところ、その地位を利用して数年間にわたり多数回の業務上横領行為等を繰返したものであつて、その犯行の手口は計画的であり、これによる損害は約六千万円の巨額にのぼつていること等を考えあわすと、被告人の刑事責任は重大であつて、到底実刑は免れないところである。しかしながら、被告人が最初本件犯行をはじめるに至つた動機は、農協の貸付係であつた被告人が知人の懇請を断り切れずに貸付けた金が焦付きとなり、その穴埋めに苦慮した結果本件犯行に着手し、更にその穴埋め等を繰返えすうちに被害金額が累増していつたものであつて、そのすべてを自己の事業や遊興に使用したわけではなく、また本件犯行発覚後、私財をすべて提供して弁償に努力し、被告人の親類縁者や保証人等も極力弁償に努めた結果、現在では確実な弁償見込分を含めて全被害金額の約六割程度の弁償がなされており、被告人は従来前科や非行歴がなく、本件犯行についても深く改悛し、これをすべて自白してひたすら謹慎の意を表していることが認められ、これら諸般の情状を参酌すると、被告人を懲役四年に処した原判決の量刑は重きにすぎるものと認められる。論旨は理由がある。<以下省略>(横江文幹 越智伝 奥村正策)

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